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札幌家庭裁判所 昭和46年(家)1014号 審判 1973年3月24日

申立人 岩渕武(仮名)

相手方 斉賀元春(仮名)

事件本人 岩渕愛子(仮名) 昭四一・四・一一生

外一名

主文

相手方と申立人との間に昭和四六年五月二日成立した誓約書に基づく相手方の申立人に対する昭和四七年一二月分以降の各事件本人の養育料の支払義務を次のとおり変更する。

「相手方は申立人に対し、昭和四七年一二月一日から各事件本人の満一八歳に達する月の終りまで、事件本人一人につき毎月末日かぎり、ただし一二月は二八日かぎり、金八、〇〇〇円および別に同期間中の毎年一二月二八日かぎり金一二、〇〇〇円、同毎年三月末日かぎり金三、〇〇〇円、同毎年六月末日かぎり金六、〇〇〇円、同毎年九月末日かぎり金三、〇〇〇円を、いずれも札幌家庭裁判所に寄託して支払え。」

申立人のその余の申立を却下する。

理由

一  本件申立の趣旨および実情は別紙のとおりであるが、当庁昭和四七年(家)第一、五五〇号、同第一、五五一号各子の氏の変更許可申立事件記録、本件記録中の各戸籍謄本、誓約書、調査官の各調査結果、北海道開発局○○所長に対する各照会の結果、札幌市東税務事務所長、○○生命保険株式会社北海道総局長および札幌市職員共済組合に対する各照会の結果、各電話聴取書、申立人審問の結果によれば次の事実を認めることができる。

1  申立人と相手方とは昭和三九年一〇月二七日婚姻し、昭和四一年四月一一日長女愛子(第一、〇一四号事件本人)、昭和四三年三月一〇日二女とし子(第一、〇一五号事件本人)が出生したが、申立人は相手方の暴力に耐えかねて離婚を決意し、昭和四六年四月一四日協議離婚が成立し、各事件本人の親権者は申立人と定まつた。

2  相手方は昭和四六年五月二日申立人に対し、書面で、各事件本人の養育料として同年六月から各子が満一八歳に達するまで毎月末日限り二人分合計一万円の養育料を○○銀行○○支店の申立人名義の預金口座に振込んで支払うことを誓約した。

しかし、この養育料の支払は履行されていない。また当庁調査官の再三の説得にもかかわらず、相手方は申立人との直接交渉を図り、申立人の住所を知ろうと欲するのみで、審判移行前の本件各調停期日にも出頭せず、本件審判中の審問期日にも出頭しない。

なお、相手方の昭和四六年五月当時の給与手取額(総支給額から法定控除額を差引いたもの)は六九、七一九円であつたが、昭和四七年五月のそれは七二、三九〇円、同年一二月のそれは七九、一五一円に達している。

3  申立人は、離婚当初は生活保護を受給していたが、昭和四六年一二月五日から札幌市内のある所に住み込みで働き、昭和四七年一一月一日現在で手取額四九、五三四円の給与収入(残業の有無によつて金額に多少の変動がある)を得ているが、昭和四七年四月から同年一二月までの間は、給与として月平均四五、三九六円(各種手当を含み、食事料、福利会費、住居料、社会保険料を控除した差引支給額)、賞与として合計三一六、二一五円(法定控除後の給額)、給与増額分として合計七六、〇一四円、各種賞与・手当の増額分として合計一九、四一二円の収入を得ている。

4  申立人の扶養家族は、各事件本人および母幸子であり、母幸子には月平均約八、〇〇〇円の年金収入があるが、申立人が住み込みで働く都合上、各事件本人と幸子とは札幌市内に間借りせざるを得ず、その借賃は月額六、〇〇〇円である。

5  相手方は国家公務員であり、昭和四七年四月から同年一二月までの間に給与として月平均七五、〇八〇円(各種手当を含み、共済掛金、所得税、住民税を控除した差引支給額。毎月の給与収入は、残業の有無によつて変動している。)、賞与として合計四〇一、一二五円(法定控除後の支給額)給与改訂による差額分として合計七七、七七二円(法定控除後の支給額)の収入を得ている。

なお相手方は札幌市○○△△番地△△に宅地一九〇・一四平方メートル、同所に家屋番号二五六番九八木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅一階五二・二一平方メートル、二階二五・五七平方メートルを所有し、月額約二五、〇〇〇円の家賃収入があるが、購入取得代金として○○生命から二五〇万円、国家公務員共済組合から五〇万円を借り入れているので、当分の間ほぼ家賃収入と同額の返済を月々履行しなければならない。

6  相手方が現実に扶養すべき家族は、事件本人を除けば、現在のところ昭和四六年五月二五日婚姻した妻花子(昭和一二年一月三〇日生)だけである。

二  そこで本件請求の当否について判断する。

1  本件申立の趣旨は、申立人審問の結果によれば、昭和四六年一二月一日から各事件本人の養育料を一人につき月額一万円とするように求めるというものである。しかし先に認定したように、申立人と相手方との間には昭和四六年五月二日各事件本人の養育料の分担について協議が成立し、同年六月から各事件本人が満一八歳に達するまで一人につき月額五、〇〇〇円を毎月末日までに○○銀行の申立人名義の預金口座に振込み支払う義務がすでに形成されている。してみれば本件申立は、協議によつて定まつた養育料の増額変更を求めるものにほかならない。

そして、当事者間において協議または家事調停によつて、子の監護費用の分担についての合意が成立したときは、それが離婚に際してなされた合意であつても、後日に事情の変更を理由として民法七六六条、家事審判法九条一項乙類四号により、合意の当事者はその合意によつて定められた権利義務の変更を家庭裁判所に請求できるものと解するのが相当である。

2  昭和四六年六月分からの子の監護費用を取り決めた同年五月当時の相手方の給与収入は手取月額六九、七一九円であつたが、昭和四六年中に遡つて国家公務員の給与の改訂があり、昭和四七年にも遡つて給与の改訂が実施されたことは公知の事実であり、その結果、昭和四七年五月当時の相手方の給与収入は手取七二、三九〇円(法定控除後)で二、六七一円の増加にとどまつたが、昭和四七年一二月の給与収入は手取七九、一五一円で九、四三二円の増加となつている。(なお相手方は昭和四六年五月に婚姻し、他方、申立人も昭和四六年一二月から現在の職業につき定まつた収入を得るに至つているが、これらは増額の事由ではない。)

これらの事実および事件本人愛子が昭和四八年四月には小学校入学の学齢に達する点を考慮に入れるならば、本件の場合は、養育料分担の始期から満一年半を経過した昭和四七年一二月一日にはその分担額の変更を求めるに足る事情の変更が生じたものと認めるのが相当である。

3  (一) 子の監護費用と言うにせよ養育料と言うにせよ、その実質は親の未成熟子に対する扶養義務の履行と異るところがない。(それゆえ監護費用としてその目的を達するかぎり、子に具体的扶養請求権を生ずべき事態は通常起らない。)そして、一般に親の未成熟子に対する扶養義務の程度は、いわゆる生活保持の義務と呼ばれ、一般親族間の扶養における生活扶助義務と対置されているけれども、生活保持義務にあつても扶養義務者は少くとも生活保護基準額程度(必ずしも完全に同等であることは要しない)の自己の最低生活費を賄つてなお余りある経済的能力がある場合に具体的扶養義務を生ずるものと解すべきである。生活保持義務者であるがゆえに、かかる最低生活を割つてまで扶養義務を負わせることになれば、扶養義務者自身も私的あるいは公的扶養に依存せざるを得なくなる事態が避けられなくなり、公私にわたる扶養制度の目的と調和しないものが生じるからである。

(二) そこで、申立人、相手方の昭和四七年四月から同年一二月までの平均収入をみると別紙計算表1のとおりである。(相手方の家賃収入は、目下のところ住宅資金借入分の返済に充当されているので、計上しないこととする。)

(三) 次に昭和四七年度の生活保護基準、同実施要領を参酌して、札幌市内(一級地に該当)に居住する各関係者の第一類、第二類、住宅扶助(申立人自身は住込みで月額三〇〇円程度の住居費を要するにとどまるから特別な考慮はしない)、勤労経費を算定すると、別紙計算表1のとおり計算される。(ただし、事件本人両名と岩渕幸子は同居し、申立人とは別世帯を構成していること、現時点では各事件本人の教育費は計上しないこと、相手方の妻は主婦で収入がないことを前提とする)。

なお、上記計算その他後述の計算は本件試算の目的に照らして、すべて小数点以下切捨とする。

(四) そうしてみると申立人の扶養能力は先ず次のとおり計算される。

79,699円-31,539円 = 48,160円

しかし申立人は母幸子を現実に扶養しており、母幸子は各事件本人と同居してその事実上の監護の任に当つているので、母幸子は同居中の老親に匹敵し、これに対する扶養義務は、それがいわゆる生活保持義務であるか否かにかかわらず、各事件本人に対する扶養義務に劣後せしめなければならない理由は見出し得ない。そこで、上記扶養能力から母幸子が自己の年金収入(平均月額八、〇〇〇円)で賄い得ない最低生活費を申立人が負担するとして、申立人が各事件本人の扶養に当てうる金額(扶養能力)を計算すればけつきよく次のとおりである。

48,160円-(9,422円-8,000円) = 46,738円

(五) また相手方の各事件本人に対する扶養能力は同様にして妻花子の最低生活費を控除すれば次のとおり計算される。

114,988円-53,808円 = 61,180円

(六) 申立人と相手方とは母または父として、その経済的扶養能力に応じて自己と同一生活水準に達するまで各事件本人を扶養すべきであるが、ここにいう経済的扶養能力に応じた扶養とは、単に上述の扶養能力として算定された金額の絶対額に応じて按分させることを意味するものではなく、現実に生活保持義務またはこれと同等程度の義務を負つて扶養中の者(本件では申立人の老親、相手方の妻)の生活費をも考慮したうえでの按分負担を意味するものと解すべきである。(そうでないと、扶養すべき者が異る場合に不合理を生じる。)

そこで申立人側、相手方側の上述の意味での経済的扶養能力を一消費単位当りの金額をもつて把握するときは、次のとおり計算される。(ただし、消費単位は労働科学研究所の調査結果による総合消費単位を用いることとし、申立人は生活保護実施要領にいう(2)の職種に該当するので九五、母幸子は六〇歳以上として六五、相手方は一〇〇、妻花子は主婦として六五とする。)

申立人 46,738円/(95+65) = 292円

相手方 61,180円/(100+80) = 339円

したがつてまず事件本人両名の最低生活費三〇、〇五〇円の分担は次のとおり計算される。

申立人の負担分 30,050円×(292/292+339) = 13,905円

相手方の負担分 30,050円-13,905円 = 16,145円

(七) 事件本人両名の最低生活費を父母が負担してもなお、父母には次のとおり扶養の余力がある。

申立人の扶養余力 46,738円-13,905円 = 32,833円

相手方の扶養余力 61,180円-16,145円 = 45,035円

父母の上記扶養余力から事件本人両名が受けるべき生活費は、各関係者の最低生活費に比例させるよりは、総合消費単位に応じて配分するのがより合理的であると考えられるから、前示の消費単位を用いて計算すれば次のとおりである。(事件本人の消費単位としてはいずれも四五を用いる。)

(32,833円+45,035円)×(45+45/95+65+100+80+45+45) = 16,297円

これを(六)と同様に父、母の一消費単位当りの金額に比例して、申立人、相手方の各負担額を計算すると次のとおりである。

16,297円×((32,833/95+65)/(32,833/95+65)+(45,035/100+80)) = 16,297円×(205/205+250) = 7,326円

16,297円-7,326円 = 8,971円

(八) したがつて、相手方が事件本人両名に対して負担すべき生活費は、(六)の最低生活費の分担額と(七)の扶養余力に基づく分担額との合計であるから、次のとおり計算される。(各事件本人の取得額は、総合消費単位の上で差異がないから、本件の場合は実際的には各二分の一として差し支えない。)

16,145円+8,971円 = 25,116円

3 してみると、本件申立は、相手方に対し、事件本人両名の生活費として月額二万円(一人につき月額一万円)の負担を求めるものであるから、上記計算による相手方の理論的負担額の範囲内であり、昭和四六年三月民事裁

判資料第一〇一号所収(五五頁)の「都市階級別年間収入階級別一世帯当り年平均一か月間の収入と支出」統計中の勤労者世帯の年収一二〇万円ないし一四〇万円未満の世帯における実消費支出額八〇、二三六円と対比しても、相手方が事件本人一人につき月額一万円を負担することになんら不合理はない。(上述の試算結果によつても、相手方は最低生活費を越える配分額において各事件本人よりもなおゆとりを持つている。)

もつとも、上記の判断に用いた平均月収は賞与を含んだものであるから、現実に相手方が支出するに当つては、賞与の支給される月とその他の月との間に金額的差異を設けるのが妥当である。そこで事件本人一人につき年間一二万円の金額の約四分の三である九六、〇〇〇円を毎月の給与から均等に、残額二四、〇〇〇円を毎年一二月二八日に一二、〇〇〇円、三月末に三、〇〇〇円、六月末に六、〇〇〇円、九月末に三、〇〇〇円に分割して負担させることとし、合わせて履行状況を明確に把握するため札幌家庭裁判所に寄託してその支払を命ずるのが相当である。

三  よつて、本件申立は昭和四七年一二月一日から上記説示の限度で養育料(監護費用)の増額を求める部分については理由があるから、この範囲で認容し、その余の請求は失当として却下することとし、主文のとおり審判する。参与員国司順一、同岩田敏子関与

(家事審判官 山本和敏)

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